子どもの行動を見ていて、「なんでこんな動きをするんだろう」と思うことはありませんか。
落ち着きがないように見えたり、気になるものにすぐ走っていったり、好きなことには強く集中するのに切り替えが難しかったり。親としては困る場面もある一方で、ただ叱るだけではうまくいかないことも多いと思います。
わが家もそうでした。3本目の記事では、受診を考えてから相談先を探し、面談で説明を受けるまでの流れを書きました。今回はその続きとして、説明を受けたあとに「子どもの行動には意味があるのではないか」と思うようになり、父親としての見方がどう変わったのかを体験ベースでまとめます。
私はADHD/ASDと診断された5歳の子を育てている父親・あざらし先輩です。専門医への相談、知能検査、週3の療育通所を経験してきた立場から、説明を受けたあとに親の見方がどう変わったかをお伝えします。
この記事でわかること
・説明を受けたあとに親の見方がどう変わったか
・落ち着きのなさやすぐ走る行動をどう見るようになったか
・集中の偏りや切り替えの苦手さをどう受け止めたか
・家庭の中で変えた声かけや観察の仕方
・小学校に向けて夫婦で話すことが増えた内容

説明を受けたあと、見方が少し変わり始めた
ほんの少しショックはあった。でも、それだけではなかった
説明を受けたとき、気持ちは一つではありませんでした。
ほんの少しだけショックもありましたし、「やっぱりそうか」と思う部分もありました。同時に、どこかほっとした気持ちもありました。
でも、そのあとにいちばん強く残ったのは、「もっとこの子のことを理解したい」という気持ちでした。
それまでは、困る行動を前にすると、どうしても「どうしてこんなことをするんだろう」と思うことがありました。けれど、説明を受けたあとからは、「この動きにはどんな意味があるんだろう」「この子は何を感じているんだろう」と考えることが増えていきました。
行動を止めたい気持ちより、意味を知りたい気持ちが強くなった
親としては、危ない行動や困る行動があると、まず止めたくなるのが自然だと思います。わが家でも、外で急に走り出しそうになると、とにかく危ないから止める、落ち着きがないと何とか座らせる、という反応になりがちでした。
もちろん安全のために止めることは大事です。でも、それだけでは同じことが何度も起きることもありました。
そこで少しずつ、「止めること」だけではなく、「なぜそうなるのか」を見るようになりました。すると、行動の見え方が少しずつ変わっていった気がします。

子どもの行動には意味があるのではと思うようになった
落ち着きのなさも、その子なりの理由があるのかもしれないと思った
以前は、落ち着きがない様子を見ると、「じっとしていられない子なんだな」で終わってしまいがちでした。
でも、見方を少し変えてみると、落ち着いていられないのには、その子なりの理由があるのかもしれないと思うようになりました。
たとえば、待つ時間が長いとつらいのかもしれない。気になる音やものが多くて集中しにくいのかもしれない。頭の中で次々に気になることが浮かんで、じっとしているのがしんどいのかもしれない。
もちろん親が全部を正しく理解できるわけではありません。でも、「ただ落ち着きがない」で終わらせないだけで、接し方は少し変わるように感じました。
発達特性を持つ子どもの行動の背景については、国立障害者リハビリテーションセンターの発達障害情報・支援センターも参考になると思います。
すぐ走る行動も、本人なりの反応かもしれないと思った
1歳半ごろから、興味のあるものを見つけるとすぐ走っていくことがありました。親としては危ないですし、外では特に神経を使いました。
以前は、「なんで急に行ってしまうんだろう」と困る気持ちが先に立っていました。でも今は、本人の中では「気になるものに一気に意識が向く」「今すぐ行きたい気持ちが強くなる」という流れがあるのかもしれない、と考えるようになりました。
そう思うようになってからは、ただ注意するだけではなく、先に手を打つ意識も少しずつ出てきました。たとえば、外に出る前に短く約束を伝えたり、危なそうな場所では最初から距離を近くしたり、周りを見て先回りすることが増えました。
集中の偏りや切り替えの苦手さも見え方が変わった
好きなことにはかなり集中するのに、興味が薄いことには気持ちが向きにくい。何かに入り込むと、そこから切り替えるのが難しい。そういう様子も、以前より少し違って見えるようになりました。
前は、「どうしてこっちはこんなに集中するのに、こっちはやらないんだろう」と思うことがありました。でも今は、わがままというより、興味や意識の向き方に偏りがあるのかもしれないと考えるようになっています。
そう思えるだけでも、親のイライラは少し減りました。もちろんうまくいかない日もありますが、「できない」ではなく「切り替えにくいのかもしれない」と思えると、声かけの仕方も変わってきます。
家庭の中で変えたこと
声かけの仕方を少しずつ変えた
説明を受けたあと、家庭の中でまず変わったのは声かけの仕方です。
前より意識するようになったのは、長く説明しすぎないことでした。親としては一回でしっかり伝えたくなりますが、言葉が長いと、途中で聞くのが難しくなる場面もあると感じました。
そこで、できるだけ短く、先に結論を伝えることを意識するようになりました。今から何をするのか、次にどうしてほしいのかを、シンプルに伝えるほうが届きやすいことがありました。
もちろん毎回うまくいくわけではありません。でも、「聞いてくれない」と感じたときに、相手が悪いと決めつける前に、「伝え方が長すぎなかったかな」と考えることは増えたと思います。
行動を観察する目線が少し変わった
もう一つ変わったのは、行動を観察する目線です。
以前は、困った行動そのものだけを見てしまうことが多かったです。でも今は、その前後も見るようになりました。
何のあとに起きたのか。どんな場所で起きやすいのか。疲れていたのか、興味が強く向いていたのか、切り替えの場面だったのか。そういう流れを意識して見るようになると、少しずつ傾向が見えてくることがありました。
分析といっても難しいことではなく、「どんなときに起きやすいかを気にしてみる」くらいの感覚です。それだけでも、親の中で整理しやすくなることがありました。
どうすれば話を聞いてもらいやすいかを考えるようになった
子どもに何かを伝えるときも、「どうして聞いてくれないのか」より、「どうすれば届きやすいのか」を考えるようになりました。
タイミングが悪いのかもしれない。周りに気が散るものが多いのかもしれない。何かに集中している途中だから、今は入りにくいのかもしれない。そう考えるようになると、伝え方を少し変えてみようと思えるようになります。
これは簡単なようでいて、実際にはなかなか難しいです。親も余裕がない日がありますし、毎回落ち着いて対応できるわけではありません。でも、「話を聞かせる」より「届きやすくする」という意識を持つようになったのは、大きな変化だったと思います。
妻と話す内容も少し変わった
小学校に向けて、どう向き合うかを前より話すようになった
もともと妻とは、子どもの様子についてよく話していました。ただ、説明を受けたあとからは、小学校に向けてこの子の特性とどう向き合っていくのか、という話を前よりするようになりました。
学校生活の中でどんなことが負担になりそうか。逆に、どんな環境なら力を出しやすいか。親として何を理解しておいたほうがいいか。そういう話をする機会が少し増えました。
急に何かが大きく変わったわけではありません。でも、「困りごとへの対処」だけではなく、「この子に合う関わり方を考える」という方向に、夫婦の話し合いも少しずつ寄っていった気がします。
親だけで抱え込まないことの大切さを感じた
子どものことを理解したいと思っても、親一人で全部を抱えるのは難しいです。
わが家の場合、もともと妻とも話していましたが、それでも一人で考え込むと視野が狭くなりやすいと感じます。だからこそ、夫婦で話すこと、自分の感じ方を言葉にしてみることには意味があると思いました。
考えがまとまっていなくても、「最近こう感じる」「こういう場面が気になる」と話すだけで整理されることもあります。理解したい気持ちがあるからこそ、一人で抱え込みすぎないことも大事だと感じています。
よくある疑問
子どもの行動に本当に意味はあるの?
親がすべてを正確に読み取れるわけではないと思います。ただ、わが家では「意味があるかもしれない」と考えるようになってから、見方が少し変わりました。困る行動だけを見るのではなく、前後の状況や本人の感じ方を考えるきっかけになります。
意味を考えすぎると甘やかしにならない?
その心配もあると思います。わが家でも、安全面や守るべきことはきちんと止める必要があります。ただ、「止めること」と「理解しようとすること」は両立できると感じています。危ないことは止めつつ、どうして起きたのかを見ることには意味があると思っています。
親の見方が変わると、接し方も変わるの?
少しずつ変わると思います。わが家では、声かけの長さ、伝えるタイミング、行動の前後を見る意識が少し変わりました。劇的に変わるというより、日々の細かい関わり方が少しずつ変わっていく感じでした。
まとめ
説明を受けたあと、わが家でいちばん大きく変わったのは、「困る行動を止める」だけではなく、「この行動にはどんな意味があるのだろう」と考えるようになったことでした。
落ち着きのなさ、すぐ走ること、集中の偏り、切り替えの苦手さ。どれも親として困る場面はあります。でも、それをただ困りごととして見るだけでなく、その子なりの理由や感じ方があるのかもしれないと思うようになってから、声かけや観察の仕方も少しずつ変わっていきました。
もちろん、今も毎回うまくできるわけではありません。それでも、子どもを理解しようとする見方を持てたことは、親として大きかったと思っています。
次の記事では、実際に家庭の中でどんな声かけを意識するようになったのか、父親なりに工夫していることを体験ベースでまとめます。


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